2012年6月15日金曜日

カントの思い出 20120614

あっという間に3ヶ月がたっています。
カントパパは職業訓練校に毎日通いひたすらお勉強と訓練の日々です。
すんごく忙しいけど、充実もしています。
明日はカントのお友達とワンコと一緒に軽井沢のペンションに泊まりに行きます。
カントもあの世から参加してくれるはず。明日一緒行こうな。
レンくんもクロベイもいっしょだぞ。

昔野尻湖のペンションに一緒に行った時のビデオから写真を作ったのでのせます。
いい顔のカントです。






明日一緒行こうな。

2012年3月28日水曜日

カントの思い出20120328

また、ブログのシステムが変わりましたね。更新して初めて気がつく・・・・・(笑)

3月の月命日のお花



先日 近所のカントの犬友だちさんからお花をいただきました。


そのおたくのラブラドールのクッキーちゃんはカントを追うように昨年亡くなり、このご近所ではラブラドールレトリバーはいなくなってしまいました。大型犬がいなくなるのはとても寂しいです。

でも、お子さんのために新しい犬を飼うことにしたそうです。それも地震で被災した犬の里親になったそうで、偉いな!ホントに偉いな!

いっぽう うちは、もうカントが旅立って1年になろうとしています。
でもカントパパはだめですね、未だとっても ・ ・ ・ ・



カント : 「おい、おやじ!」 「いいかげんにふっきれよ!」
KP   : 「だって・・・・・・」
カント : 「おれも悲しいよ・・・・・・・」

エスプレッソとキャンプ犬のカント





2012年3月11日日曜日

1年前の思い出 あの地震の時


震災の事 ちょうど1年たって、あの日の事を記録しておこう。

カントパパはあの時、1年ぶりにNYから来ていた友だち&奥さん&お嬢さんに合うため吉祥寺の井の頭公園近くにいた。ランチを兼ねて(不謹慎にも)お昼から一杯飲んでいた。

(地震の発生時)
鉄筋コンクリート打ちっぱなしの炉端焼き(吉祥寺磯丸水産)の壁際の席にいた
地震の大きさに驚きはしたものの、コンクリート構造物の門の位置にいるし、特にモノが落ちるわけでもなく、むしろ安心し建物外には出なかった、というよりそのまま飲んでいた(笑)
携帯などでJR中央線他の停まっていることを確認し、復旧には相当時間がかかることを予想し強いて動かたかった。JR頼みのカントパパには実際のところ動き様がなかったのだ。

(6時前後)
炉端焼きを出てから、時間つぶしに井の頭公園を散歩した。公園の中も人々に特にかわった様子はなかった。喫茶店でお茶をし4人で作戦会議の後、6時ころ吉祥寺へ向かった。中央線も井の頭線も依然として復旧の見込みはない。バスターミナルやタクシー乗り場の行列が既にはじまっていた。
そこでまた時間つぶしのため、友だちと(不謹慎にも)ビリヤードへ。落ち着ける場所はそこしか思い出さないカントパパであった。そこでまた電話で情報収集。電話で家の嫁さんとも話をし、JR復旧の可能性が薄いのを確認する。

(8時頃)
状況の変化を期待し、8時頃また吉祥寺駅へ
依然としてすごい混雑の中、皆電車の復旧を待っている。
ここで、友人と話をし、方針を決定した。
交通機関の復旧は見込めないとし、徹夜になると想定、まず温かい居場所の確保をした。
2階のアトレのフロアーの床に絨毯のやや温かいCFのある場所、人目をあまり気にせず横になれ、かつトイレに近い場所を陣取った。8時ころのこの場所では床に座っている人もちらほらはいた。私たちはかなり早い方であり、いちばん居心地のいい場所である。この後時間がたつにつれ続々と人が集まってきて、12時頃は立ち上がって歩くのにも気をつかないといかない状態になっていた。

とりあえず居場所を確保し友人とカントパパは、友人の奥さんお嬢さんにはそこで待っていてもらい、二人で皆の宿泊できる場所を手分けして探した。
しかし既に遅く、恐らく6時前にはこの状況を見越した人達が宿泊を既に入れてしまっていたと思われる。東急系のホテルをかわきりに数件のホテルもだめ、カラオケボックスもネットカフもすでに一杯であった。少なくとも温かい場所をすでに確保しているとはいえ、友人の奥さんもいっしょにいるのに申し訳ない、自分の甘さに愕然としたのを思い出す。

一方、食料の確保もこころみた。我々は早めの夕食は済ましており、空腹状態ではなかったのがあだとなり食料の確保は少し失敗をした。おにぎりなど用意したかったのだか9時ころまでにはコンビニではすぐ食べられるものは無くなっていた。8時ころには、とりあえずマクドナルドが既に従業員を返すため閉店準備をはじめており販売は終わっていた。幸いケンタッキーはまだその時間かろうじて営業していたため、夜食を想定し4人分のセットメニュー+クッキーを確保してた。
営業をしているのは24時間の居酒屋など、呼び込みのお兄さんがなぜか元気だった。しかし次の行動を考えると居酒屋はパス。喫茶店も2時ころで閉店のお店のみだった。
このような状況ではコンビニやチェーン店はあてにならないものなのだ。そりゃそうだ皆家族のもとへ戻りたい!

少なくとも居場所については山登りの経験があるカントパパには最初からいわゆる「遭難の想定」ができていたため、「トイレが近い暖かい横になれる場所で動かないこと」の鉄則通りに行動していたのはゆいいつ幸いであった。

(9時過ぎ)
ふたてに分かれ、約1時間、電話で確認をとりつつも押さえの居場所しかないことを悟った友人とカントパパは友人の奥さんとお嬢さんの待つアトレの2階の場所へ戻る。帰って九時過ぎたころ、奥さんが「タクシーやバスに乗るために並んだほうが良いのでは?」という話もあったが、大渋滞のためバスやタクシーも動いていないと推測し、暖かく座っていられるこの場所を動かない方針とした。すでにこの時間では駅ビルの建物の暖かい場所は既に人でうまり、寒い建物の外に人がたくさん立ちすくんでっている状況であったからだ。

この時JRは駅構内を締め切っており、本来なら困り果てた人々を駅構内でサポートしてもよかったはずだなのだが。JRは自分たちの敷地からただ私達を排除しただけだった。
それに比べて商店街を有する「アトレ」は優しかった、JRみたいに出ていけなどとは言わなかった。(まあふつうあの時は言えないが・・・・・)。後日JRの対応に批判がでたのは当然であったと思う。安全上の定めがあるのはわかるが、あれはひどいと思った。
 
九時過ぎのアトレのフロアに大勢の人達とともに座り込みつつも、まだ眠るわけにもいかず、つながらない携帯などいじくっていた。友人の娘は日本語の少しへたくそなかわいらしいお嬢さんで、お洒落ないでたちでフロアに座っていると非常に違和感があったのを思い出す。お嬢さんが米国の大学の卒業試験を控えているため厚い本を読んでいたのでよけいだったのか。
充電が切れそうなカントパパのウィルコムのPHSはけっこう繋がっていた。この地区では携帯よりはPHSの方が使えた。
時々JRの公園口改札前の井の頭線の乗り換えスペースにはただ立ちすくむ人達を横目に、情報収集のお散歩をしていた。

あの時大型掲示板にTVが放映されていたのか?色々状況を知る上で非常に役に立ったのを思い出す。10円玉の持ち合わせの少なさに不安な気持ちで皆と一緒に並んで緑の公衆電話。その後硬化が戻りタダで通話ができて感動したのを思い出す。

(12時頃)
12時近くになって動きがあった、井の頭線がそのころ復旧したのだ。駅員のアナウンスを横目にいち早くその復旧の気配を察知し、友人家族のもとへ戻った。
渋谷までは行ける!そこまで行ければ最悪1時間程度で自由が丘の友人宅には辿りつけそうだとのこと。友人の奥さんの強力なお誘いもありカントパパも一緒に行くことになった。
アウトドア派のカントパパにすれば吉祥寺の駅ビルで一晩寝るのも楽しいかなとも思っていたが、友人夫婦は普通の人。家でゆっくり寝たいと思うのが当たり前。むしろこの状況を楽しいんでいるカントパパは不謹慎である。
(12時半過)
その後始発の井の頭線に乗り、渋谷駅へ着く。
と、そこは何とも言えない雰囲気に包まれていた。いつもの渋谷駅ではない。すごい緊張感のただよう、ビリビリの殺気立つような人々の雰囲気。もくもくと列を作り待つ人や早足で動き回る人。通路に新聞紙をしいて座り込む人も多かった。皆困っているのだ。
バスターミナルもタクシー乗り場もすごい人の数。吉祥寺とはくらべようもない。とりあえず東横線の改札方面へ歩く。なぜか4人で手をつないでいた。カントパパは奥さんと手をつないでいた。異様な雰囲気の中はぐれちゃまずいと思ったのだろう(笑)
その時友人奥さんの言っていたこと、「日本人て偉い!NYの人なら絶対にこんな状況で冷静に列を作ってならんだりしないは!」NY生まれNY育ちのお嬢さんも同じ事を言っていた。国民性なのだろうカントパパはしきりにうなずくだけ(笑)
(1時前)
幸いなことにその後まもなく東横線も復旧したため、帰路につけた。後で聞くと復旧の早い路線を乗り継いでいた様で、あまり困ったという印象はなかった。

(2時半前)
田園調布駅からあるいて自由が丘の家へ向かう途中環状7号のすごい渋滞を見た。あれではバスもタクシーも仮に乗れたとしてもだめであったろう。山の遭難の鉄則は都会の非常事態でも役に立った。

自宅についてわずかづつ流れてくる情報に、皆であぜんとした。「吉祥寺で良かった。湾岸方面の観光スポットにでも観光にいっていたら大変だった。」奥さんがつぶやいていた。

(翌日)
自宅にもどり嫁さんにいきなり怒られた。昨晩吉祥寺駅から携帯電話の充電が切れて、公衆電話で友人宅に行く旨連絡したきりであった。友人宅から自宅に連絡をするべきだったか・・・・。

このとき自宅はまったく被害はなかった。嫁さんの勤め先の自動車部品のロジスティックでは棚が倒れてたいへんだったそうだ。
時間が経つに連れ判明する被害状況にそれから数日間は愕然としていたのを思い出す。

その時カントはどうしていたのだろう全く記憶がない。当然この時期毎日散歩をしていたのだが、写真位とっておけばよかった。今になって後悔する。
この一ヶ月先に旅立ってしまうとは思いもよらなかった。

2012年3月5日月曜日

カントの思い出 20120306

 Windows Live ムービー メーカーで写真から動画を作り、Any Video Converter Free Versionで変換してみた


何気なくカントで画像を検索していたら、うちのカントの写真が予想外にあっておどろき。
数年前の近くのお友達のブログにカントが何枚もたくさん載せてもらっていました。



そこで載せてもらった写真からミニムービーを作ってみた。




はじめて使ったMSの「Windows Live ムービー メーカー」で集めてきた写真をつなげてWMV動画にし、そのままUPしようと思ったがうまくいきません。そこで普段使いのVLCでWMV→MP4に変換したら掲載UPできた。
写真をみつけてから、時間にしたら1時間位で動画は出来上がった。
しかし、VLCプレーヤー側の変換がいまひとつ。

(データ)


コマ飛びがあるが愛嬌ということで。




あれから数日後

 3/8 にもう一度別のソフトで変換してみたのがこれだ。



明らかにスムーズになっている、コマ飛びやカクカクという動きは少なくなった。
やはりソフト次第なのかな。設定に特別の違いがあるのかないのか、カントパパにはわかりません。でも Any Video Converter Free Version の方がブログ掲載には向いていると思う。




変換はWIN7のパソコンで実施

(データ) 元の動画 WMV 131.0  MB → 今回の変換後 MP4  15.4 MB

変換に使用したソフト  Any Video Converter Free Version

(データ)

ソフト設定
(動画コーデック) mpeg4  動画サイズ 480x320 768kb/s (音) AAC 128 レート 44100



写真を載せてくれたお友達ありがとうございます。 みんなカントを忘れないでね。
あっそうだ、明日は月命日なのでお花を頼まないと!!

2012年3月1日木曜日

カントの思い出 20120301

カントの写真が美術館に展示されました(驚)

その時のもよう・ ・ ・ ・ 記念にちゃんと高画質で撮影、


もう一つのブースのスナップ(画質は並)


現代美術のブースでのスナップ




・ ・ ・ ・ ・ ・ ウン な訳はないんですが、面白いですね。
ねたもとは ここ です。

でも、優しそうなまなざしです。

2012年2月28日火曜日

カントの思い出 20120228

ルーベンスのパトラッシュ?? その2

ルーベンスの3部作を何気なく見ていたらまた犬をみつけた。キリスト復活(1610-22)(アントウェルペン、聖母マリア大聖堂)の真ん中の右下である

中央の絵 右下の犬


全体は

キリスト復活(1610-22)(アントウェルペン、聖母マリア大聖堂)


ルーベンスは結構遊び心のあった人なんだろうな。
一作目「キリスト昇架」の犬を再登場させているし、登場人物も同じような人がいる。
キリストの「どや顔(したり顔)」と対照的に、周りの人は明らかにキリストの復活に恐れおののいている表情である。
ところで犬はと言うと、キリストを見上げる頭と前足の部分しか描かれていないが、明らかにビビっていて、後退り、腰が引いている感じにみえる。犬好きの人なら皆わかるポーズだ。でもこのわずかな部分でこれだけ解らせてくれるルーベンスの表現力はすごい。
やっぱり、キリストを弾圧した側に立って犬は描かれていたのかな・・・。復活を喜んでいるようすではないし。そこまでは読み取れない、でも少し残念である。

でもあらためて、頭だけ見るとほとんどバーニーズにみえるから面白い。
「キリスト昇架」では巻き毛が目立ったがこの絵ではそうでもない。当時はバーニーズは存在しなかったからルーベンスの描写の偶然なんだが、不思議だ。


突然脈絡もなくカントの写真


まだデジカメもない1才半のころ、色々と楽しませてくれました。ありがとう


2012年2月27日月曜日

カントの思い出 20120227

ルーベンスのパトラッシュ??







NHKの番組を見ていたら、ベルギーのアントワープ大聖堂にある ルーベンスの「キリストの昇架」の解説をしていた。

でもカントパパが気になったのは左下の犬の部分
偉大な画家の絵ってやはりすごいです。犬だけ見てもこの迫力、まして人間や背景など細かく見ていけばもう言葉もでない。


全体は

ピーテル・パウル・ルーベンス「キリスト昇架」(1611年)

真ん中の左下の犬である。

ネットで調べて初めて知りました。
実は有名な話だそうで、この絵は「フランダースの犬」の最終回のネロとパトラッシュが旅立って行った時、見ていたキリストの絵だそうな。 ←(後日youtubeで確認しました)
アントワープ大聖堂へ行く日本人はこれを目当てに行くとのこと(笑)
フランダースの犬の物語はヨーロッパの人にはあまり受け入れられず、特に生きる抜く力の無かったネロの「弱さ」がだめだそうな。でも観光の日本人の多さに驚き聖堂の外にネロとパトラッシュの記念碑が出来たとか、そして、アニメの原作の主人公ネロと愛犬パトラッシュが住んでいたアントワープの街から4kmほど離れたホーボーケン村でも同様の理由で銅像ができたそうな。また、アメリカでハッピーエンドの「フランダースの犬」の話ができたとか(笑)。
アニメの力は偉大です。

ルーベンスも犬が好きだったのかな?なぜそこに犬を描いたのかな?でも巻き毛でホントに生き生きと描かれている。
キリストを十字架にかける時の絵だから、かける側の人間は何とも言えない表情だ。
この犬ももしかするとキリストを吠え立てる様子に描いたのかもしれないが、犬好きのカントパパにはそう思えない。キリストを悼むすべての動物の代表なのかな、罪深い人間の行いを訴える様な目で切実な犬の感情がよく描かれていると思いたい。
犬好なら経験したことがある、後ろ足で今にも立ち上がって、ご主人にすがりつく時の感じがよーくわかる。「そんなことしちゃだめ」「行かないで」って、悲しんでるはず。

絵の犬の名前が「パトラッシュ」という話もあるがカントパパにはほんとのとこはわからない。
『フランダースの犬』の作家イギリスの作家ウィーダがそれを知っていて物語にしていたら、
そうだったらいいな。

Wikipedia によると、「東京ムービー版アニメ・実写映画版・ホーボーケンに建てられた銅像には、フランドル原産のブーヴィエ・デ・フランドルという黒い毛むくじゃらの犬がモデルとして採用」とのことらしい。


 と


では、


ルーベンスの描いた犬種ではないと思う。


ところで、カントのご主人にすがりつく顔、・ ・ ・ ・ ・ 。ありませんでした、ので

「パパ、どうしたの?」
水上の水紀行館前の駐車場、カントパパは足湯、カントは前の川で水浴びの後の写真


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